カレー日記 元編者者のご主人がつくる世田谷のカレー

 世田谷のとある駅前。昔なにかの商店だったのだろうか?コンクリートの三和土は年季が入っている。お店に入るとBGMもなにもない店内では女性がひとり黙々とカレーを食べていた。雑誌などの取材もほとんど受けていない小さなカレー屋のご主人は昔、文芸の編集者だったそうだ。夫婦で営んでいるが、子供が生まれたためいまはご主人ひとりで切り盛りしている。
 小さな文字て几帳面に描かれたメニューにはチキンカレー1種類にチャイとラッシーなど飲み物数種。夜の営業になるとメニューが少し増えたりするのだろうか? 
 ちょっとだけ加瀬亮君に似たたたずまいのご主人がカウンターの奥でオーダーしたチキンカレーをつくる。その動きがじつに丁寧で、なぜかがさつな自分が恥ずかしくなる。
 しばらく待つと、白いお皿に盛られたカレーが目の前に表れた。近頃のカフェでは五穀米や玄米など凝ったご飯が多い中、ピカピカの白米はむしろ異端な感じさえした。
 ルウはしっかりと煮込まれたタマネギと複雑なスパイスがまろやかにとけ込んだ風味。じつに優しい味なのにあとからじわじわと辛さが際立ってくる。具は柔らかく味がしみ込んだ手羽元肉は一皿に一本だけ。なので、せこいとおもいつつも配分を考えて食べ進めた。

 お店のすみっこに置かれた白い木箱に幸田文壇一雄の文庫本が並んでいる。
 カレーがなくなってしまうのがもったいなくて、つい食べ急いでしまう悪い癖を押し殺しながらスプーンを口に運んだ。米粒ひとつ、骨についた肉が完璧になくなるまで食べた。我ながらあさましい。
 食べ終わった後に冷たいチャイを一杯。曇り一つない薄張りグラスは手にするとあまりにも儚げだ。
 僕の他にだれもいない店内にはご主人が夜の仕込みをする物音以外しない。こんな雰囲気で黙々とカレーと向き合うのもいいものだなと思った。